脳卒中の後遺症による麻痺とは|仕組みや特徴・回復のために知っておきたいこと

記事の監修

グランソール奈良 院長辻村 貴弘

<経歴>

2000年3月奈良県立医科大学大学院薬理学専攻修了
2001年4月グランソール奈良開設 院長に就任
2005年3月医療法人拓誠会 辻村病院 理事長に就任
2010年3月京都府立医科大学大学院免疫・微生物学専攻修了
資格:医学博士、日本人間ドック学会認定医

 

目次

~はじめに~

脳卒中の後遺症としてあらわれる「麻痺」は、本人はもちろん、支えるご家族にとっても大きな不安や負担につながる症状です。

「いつか良くなるのだろうか」「この先、どんな生活ができるのか」——

そうした思いを抱えながら、日々リハビリに取り組んでおられる方は少なくありません。

たしかに、麻痺の改善は簡単ではありません。

しかし近年、脳には一定の回復力があることがわかってきています。

発症から時間が経っていても、適切なリハビリやサポートによって機能が回復する例もあり、新たな治療技術の進歩によって選択肢も広がっています。

本記事では、脳卒中後に起こる麻痺の仕組みから回復の経過、改善の可能性、リハビリの種類、そして近年注目される再生医療に関することまで、わかりやすく丁寧に解説します。

今の不安を少しでも軽くし、前向きに取り組むためのヒントとしてお役立てください。

 

 

脳卒中後の「麻痺」はなぜ起こる?— 仕組みをわかりやすく解説

脳卒中(脳梗塞・脳出血)で起こる神経のダメージ

脳卒中は、脳の血管が詰まる「脳梗塞」と、血管が破れて出血する「脳出血」に大きく分けられます。

どちらの場合も、血液が運ぶ酸素や栄養が不足し、脳の神経細胞がダメージを受けてしまいます。

脳は部位ごとに「手を動かす」「歩く」「物をつかむ」など、多くの役割を分担しており、特定の領域が損傷されると、その領域が担っていた動作がうまく行えなくなります。

特に運動を司る“運動野”や、その情報を伝える神経の通り道で障害が起こると、手足を思うように動かせない「麻痺」が発生します。

脳卒中の後遺症として麻痺が多いのは、この神経細胞の損傷が影響しているためです。

 

脳が命令を出せなくなることで麻痺が生じる

手足が動く仕組みは、「脳が命令を出す → 神経が伝える → 筋肉が動く」という流れで成り立っています。

脳卒中によって脳の指令を出す部分、またはその情報を運ぶ神経回路が損傷すると、筋肉自体には問題がなくても、脳からの命令がうまく伝わらなくなります。

この状態が「麻痺」です。たとえば手を握ろうと思っても、脳が上手く信号を出せず、筋肉が反応できないために動かせません。

また、損傷の大きさや場所によって、動かしにくさの程度は様々です。

脳が原因で起こる麻痺は、単に筋力が弱いだけではなく、「思い通りに動かせない」という特徴があり、日常生活に大きな負担をもたらします。

 

片麻痺(右麻痺/左麻痺)が起こりやすい理由

脳卒中では、右半身か左半身のどちらか一方に麻痺が出る「片麻痺」が多く見られます。

これは、脳の構造が「右脳が左半身を、左脳が右半身を司る」という“交差支配”になっているためです。

たとえば右脳に損傷が起これば左半身に、左脳に損傷が起これば右半身に麻痺が現れるという仕組みです。

また、脳卒中は特定の血管領域に障害が生じるため、左右どちらかの運動野や神経回路がダメージを受けやすいことも片麻痺が多い理由の一つです。

片麻痺は、手足の動かしにくさだけでなく、体幹のバランス、歩行、日常動作にも影響するため、生活全体のサポートやリハビリが必要になります。

 

よくある症状(手足の動かしにくさ・しびれ・巧緻性の低下)

脳卒中による麻痺といっても、症状の出方はさまざまです。

代表的なのが「手足の動かしにくさ」で、思うように力が入らなかったり、スムーズに動かせなかったりします。

また、「しびれ」や「感覚の鈍さ」が加わることも多く、動きの不安定さにつながります。

細かな動作(ボタンを留める、箸を使うなど)が難しくなる“巧緻性の低下”もよくみられる症状です。

さらに、関節が固くなる「拘縮」や、筋肉が緊張しすぎる「痙縮」が起こる場合もあり、日常生活の動作全般に影響を与えます。

これらの症状は脳の損傷部位や程度によって異なり、適切な評価とリハビリにより改善の方向性を探っていくことが大切です。

 

 

回復の経過|発症から半年〜数年で何が期待できる?

急性期(発症直後〜2,3週間)は大きく回復しやすい期間

脳卒中発症直後の「急性期」は、脳の炎症が引き始めたり、むくみが落ち着いたりすることで、麻痺の改善が比較的起こりやすい時期です。

この期間は、医師や看護師の管理下で安静と治療が優先されつつも、可能な範囲で早期リハビリを行うことが効果的とされています。

特に寝返り、座位保持、立ち上がりなどの基本動作の回復が見られることが多い時期です。

ただし、回復のスピードや程度には個人差があり、損傷の部位や大きさ、全身の状態によって変わります。

急性期で改善がみられることも多い一方で、焦って過度に動くと負担が大きくなるため、医療者と相談しながら慎重に進めることが大切です。

 

回復期(~3ヵ月,半年)はリハビリ効果が安定する時期

発症から数週間が経過すると、「回復期」と呼ばれるリハビリ中心の期間に入ります。

この時期は、麻痺した部分の可動域訓練、歩行練習、手の動きの改善など、生活に必要な動作を集中的に訓練します。

脳の神経回路が適応しやすい時期でもあり、練習を重ねることで動きが安定していく方もいます。

特に3カ月頃までは変化が比較的出やすいと言われ、半年ほどまでは日々の積み重ねが改善につながりやすい時期とされています。

ただし、回復の速度は人それぞれで、焦らず継続した取り組みを続けることが重要です。

 

維持期(6カ月以降)になると改善が止まる?

発症から半年ほど経つと「維持期」と言われる段階に入り、急性期・回復期のような大きな変化は見えにくくなることがあります。

しかしこれは「改善しない」という意味ではありません。

脳には“神経可塑性”と呼ばれる柔軟性があり、適切な刺激を続けることで機能が少しずつ向上することもあります。

一方、リハビリの頻度が落ちたり、運動する機会が減ったりすると、筋力や可動域が低下し、改善が停滞しやすくなる場合があります。

維持期に入っても、ストレッチや歩行練習、手の動きを保つトレーニングを続けることが、将来的な生活の質の維持に大きく関わってきます。

 

タイミングや対応次第で回復の効果は変わる?

脳卒中後の麻痺の改善は、「どのタイミングで」「どのようなリハビリを行うか」によって変わることがあります。

特に早期から適切なリハビリを始めることは、機能を取り戻すうえで重要です。

また、回復期を過ぎても、継続的に身体を動かすことで神経回路の再構築が促されると考えられています。

家族のサポートや日常生活での取り組みも回復の助けになります。

一方で、不安や恐怖から動かすことを避けてしまうと、筋力低下や関節の硬さにつながることがあります。

医療者と相談しながら、自分に合ったペースで取り組むことが大切です。

 

 

麻痺は良くなる?改善が期待できる仕組み(神経可塑性)

脳は損傷しても別の部分が機能を補う“代償”が起きる

脳は非常に柔軟な臓器で、損傷した部分があっても、周囲の領域がその役割を補おうとする“代償”が起こることがあります。

これは脳の可塑性と呼ばれ、脳卒中後の回復において重要な働きをします。

たとえば、動かしにくい手を繰り返し練習することで、別の神経回路が動作をサポートするように変化していきます。

代償が適切に働けば、時間が経ってからでも動きが改善することがあります。

しかし、そのためには刺激や練習が必要で、待っているだけでは神経回路はうまく育ちません。

専門的なリハビリや日常生活での動作の積み重ねが、脳の代償を引き出す鍵になります。

 

使えば使うほど神経回路が再構築される?

脳卒中後の麻痺の改善には「繰り返し動かす」「使い続ける」ことが非常に大切です。

なぜなら、神経は刺激を受けるほど新しいつながりを作り、動作を学習し直す性質を持っているためです。

この仕組みは“神経可塑性”と呼ばれ、リハビリの基盤にもなっています。

同じ動作でも、毎日繰り返すことで回路が強化され、動作がスムーズになっていきます。

一方で、動かさない期間が続くと神経回路が弱まり、改善のチャンスが減ってしまいます。

継続的な運動や練習は、ゆっくりでも確かな前進につながることがあり、諦めずに取り組む意義があります。

 

良くなる人の共通点

麻痺の改善が見られやすい方にはいくつかの共通点があります。

まず「継続的にリハビリを行っていること」。

毎日の積み重ねが神経回路の再構築を促します。

また、医師やセラピストの指導を受けながら、自分の状態に合った方法で取り組んでいる方は、改善の方向性を見つけやすい傾向があります。

加えて、家族や周囲のサポートによって前向きに取り組めているケースも多く見られます。

もちろん努力すれば必ず良くなるわけではありませんが、コツコツ続ける姿勢が改善の可能性を広げると考えられています。

 

改善が頭打ちになるケース(運動量不足・不安による回避など)

一方で、麻痺の改善が停滞してしまう原因として多いのが「運動量不足」です。

動かさない状態が続くと筋力が弱まり、関節も硬くなり動きがさらに難しくなってしまいます。

また、「倒れたらどうしよう」「痛みが怖い」といった不安から、必要以上に動作を避けてしまうケースもあります。

精神的な負担は動作の質にも影響するため、医療者と相談しながら不安を軽減することが大切です。

改善が頭打ちに感じても、刺激の与え方やトレーニングの方法を見直すことで、再び変化が生まれることもあります。

焦らず、継続的な取り組みが重要です。

 

 

後遺症の麻痺に対して行われる主なリハビリ方法

理学療法(PT):歩行訓練・可動域訓練

理学療法(PT)は、歩行や立ち上がり、姿勢の安定など、日常生活の基本となる動作の改善を目的としたリハビリです。

麻痺によって動かしづらくなった筋肉や関節に対し、可動域を広げるストレッチ、立つ・歩くなどの練習を行います。

また、筋力のバランスを整えるトレーニングや歩行補助具の使い方の指導も含まれます。

早期から継続的に行うことで、体の安定性が高まり、転倒予防にもつながります。

 

作業療法(OT):手指の細かい動き・日常動作の改善

作業療法では、箸を使う、服を着る、といった日常生活の動作の改善に重点を置きます。

麻痺の影響で細かな動作が難しい場合でも、繰り返し練習したり、動きを補助する道具を使ったりしながら、できる動作を広げていきます。

また、手の巧緻性(細かい操作能力)を高めるための練習も行われます。

作業療法は、生活の自立度を引き上げるために重要な役割を果たします。

 

電気刺激療法(FES)

電気刺激療法は、筋肉に軽い電気を流すことで動きを補助するリハビリ方法です。

脳からの指令がうまく伝わらない場合でも、電気刺激によって筋肉が動き、その動作を繰り返すことで神経回路の再学習を促すとされています。

歩行や手の動作をサポートする目的で取り入れられることが多いです。

また、他のリハビリと併用して行われます。

 

ボツリヌス治療(痙縮改善)

麻痺のある方の中には、筋肉が硬くこわばる「痙縮」が現れる場合があります。

ボツリヌス治療は、過度な緊張を緩和する目的で行われる方法です。

筋肉のこわばりを抑えることで関節の動きが改善することがあります。

特に、手指が握ったまま開きにくい、足がつっぱる、といった状況に対して用いられることが多く、リハビリとの併用が効果的とされています。

効果の持続期間は数カ月とされています。

 

通院・訪問・自費リハビリの違いと特徴

リハビリには、主に3つの種類があります。

病院やクリニックに通う「通院リハビリ」、自宅に来てもらう「訪問リハビリ」、医療保険外で専門的なトレーニングを受けられる「自費リハビリ」があります。

通院リハビリは医師の管理下で専門的な治療を受けられるのが利点。

訪問リハビリは移動の負担が少なく、生活動作に直結した訓練ができる点が特徴です。

自費リハビリは時間をかけて集中的に取り組めることから、慢性期の方が選ぶこともあります。

それぞれのメリットを理解し、自身の状況に合った選択をすることが大切です。

 

 

よくある悩みQ&A:家族・本人が不安に感じやすいポイント

この麻痺はもう良くならないの?

麻痺の改善は個人差が大きく、「いつまで良くなるか」を断定することはできません。

しかし、半年以降でもリハビリの取り組み次第で動きが変化することがあります。

脳には“神経可塑性”という柔軟性があり、刺激を加えることで新しい回路が生まれる可能性があります。

焦りや不安は自然なことですが、諦める必要はありません。

医療者と相談しながら、自分の状態に合ったペースで取り組むことが大切です。

 

発症から時間が経っているけど意味ある?

「慢性期」に入ると、大きな変化が見えにくくなる方が多いのは事実です。

しかし、だからといって“意味がない”わけではありません。

適度な運動や手足の使用、リハビリを続けることで、日常生活が安定したり、動かしやすさが改善したりする可能性があります。

また、慢性期でも取り組める治療選択肢もあり、状態に応じて検討の余地があります。

 

どれくらいリハビリすれば変わる?

リハビリの量は「その人の状態」「疲労」「痛みの有無」などによって変わります。

そのため、一概にどれくらいとは言えません。

しかし、毎日短時間でも継続して刺激を与えることが、神経回路にとっては大切です。

週数回のリハビリだけでなく、日常生活の中で手足を使うことで改善の機会が増えます。

無理のない範囲で、続けられる習慣を作ることが重要です。

 

手足のしびれは改善する?

しびれは脳の損傷によって感覚を伝える神経に異常が起きた際に起こります。

加えて、しびれは時間とともに変化することもありますが、改善には個人差があります。

リハビリで感覚刺激を加えることで、感覚の再学習が促されることもあります。

しかし、治療方法は症状によって異なります。

辛い場合は医師に相談し、薬物療法や対症療法を含めて適切な方法を検討しましょう。

 

歩行のふらつきは治るの?

歩行のふらつきは複数の要因が関係しています。

例えば、麻痺による筋力低下、バランス能力の低下、感覚障害などがあります。

リハビリで筋力やバランス能力を鍛えることで改善が見られることもあります。

歩行補助具の使用や靴の調整なども有効です。

危険を減らすためにも専門家に相談し、状態に合った方法で安全に取り組むことが重要です。

 

 

慢性期の新たな選択肢:幹細胞治療(再生医療)というアプローチ

注目される理由(研究が進んでいる領域・神経機能改善をめざす治療)

幹細胞治療は、からだの修復機能をサポートする可能性がある治療として研究が進められている再生医療分野です。

慢性期の脳卒中後遺症に対する新たな選択肢として注目されています。

炎症を抑える作用、細胞環境を整える作用などが期待されています。

従来のリハビリだけでは変化が見えにくい方が、状態に応じて検討するケースもあります。

 

治療の仕組み(炎症を抑える・神経回路の環境改善など“期待される作用”)

幹細胞治療では、自身の細胞を取り出し、培養したのち体内に戻すことで、炎症を抑えたり、細胞の働きをサポートしたりする“作用が期待される”と考えられています。

神経そのものを直接再生させるわけではありません。

しかし、損傷した組織の周囲が整うことで、動きの改善につながる可能性が研究されています。

 

どんな人が検討するケースが多い?(慢性期・回復停滞の不安)

発症から半年以上経過し、「変化が少なくなってきた」「もっと改善できる方法はないか」と感じて相談される方が少なくありません。

慢性期でリハビリは続けているものの、動きが頭打ちになっている場合や、将来の生活に不安を感じている方が検討するケースが多い印象です。

医師が症状や背景を確認し、適応を判断します。

 

注意点(万能ではない・医師との相談が必須)

幹細胞治療は万能の治療ではありません。

誰でも効果が期待できるのではなく、治療適応や体調によって実施できない場合もあります。

また、自由診療のため費用負担も発生します。

治療を検討する際は医師と十分に相談し、内容をよく理解したうえで判断することが重要です。

 

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まとめ:“改善の可能性を諦めない”ためにできること

脳卒中後の麻痺は、時間が経っても改善の余地がある

脳卒中後の麻痺は、時間が経ってからも取り組み次第で動きが変わる可能性があります。

脳には柔軟性があり、適切な刺激や練習が続くことで、新しい回路が生まれることがあります。

焦らず、諦めず、できることを積み重ねることが大切です。

 

リハビリ継続と適切な専門家への相談が重要

改善の鍵は継続です。

病院でのリハビリだけでなく、日常生活でも手足を使う工夫をしましょう。

それによって、身体の機能を保ちやすくなります。

また、状態が変わってきたと感じたときは、理学療法士や作業療法士、医師など専門家に相談することで、新しいアプローチが見つかることがあります。

 

自分と家族だけで抱え込まず、医療機関に相談するメリット

脳卒中の後遺症は、本人だけでなく家族にとっても大きな負担となります。

不安や悩みを抱え込まず、医療機関に相談しましょう。

そうすることで適切なリハビリや治療の選択肢を知ることができます。

専門家の支援を受けると安心感や次のステップが明確になり、前向きになります。

 

 

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